リアリティ・バイツ 【ベスト・ライブラリー 1500円:ラブ・ストリー&青春映画特集】 [DVD]出演:ベン・スティラー
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成人の日だ。成人式だ。
今年も、荒れる若者の様子をメディアは追っかけるのだろうか?なんか、あれ、狙って撮っているんじゃないかとすら思ってしまうな。
でも、昨年、中川のブログのエントリーで、こんなニュースが紹介されていた。
今年、佐世保市の成人式で暴れた新成人が「今日がこういうことをやれる最後の日。明日からはまじめに働く」と語った。
なるほど、そういう意味もあるのね。
ふと思い出した。成人式には行かなかったのだ。なぜ、行かなかったのだろう?思えば、母親は「成人式に行きなさい」と言っていた。親不孝なことをしたと思う。成人式と内定式はキャンセルしたので、記憶がないんだ。まぁ、その後、内定式は人事担当者として運営することになるのだけど。昔から、○○式のような形式ばったものは嫌いだったのだ。
「この時代を生きるのは大変なことだ」「そもそも成人の定義を変えるべきだ」などのエントリーを眼にしたが、私は「オトナになるとはどういうことか」という観点で書いてみたいと思う。
成人式に行ったことがない人間が言ったところで何の説得力もないかもしれないが…。
成人式に出たところで、「オトナになった」と実感する人は実は少ないのではないかと思う。
例えば、高卒で働いていたとしたら、もう「社会人」としてオトナの世界をとっくに覗いていて、もう既にオトナになっているかも。大学などに在学中で「学生」の場合は、オトナの世界は分からない。
「未成年の飲酒喫煙は禁止です」と言ったところで、もう既に飲む人は飲み、吸う人は吸っている。SEXだって中学や高校で経験済み。アダルトビデオだってとっくに観ている。
あらためて、オトナになるとはどういうことだろうか?
ふと、アメリカの青春映画のことを思い出した。『リアリティ・バイツ』という映画だ。1994年に公開された映画である。『トレインスポッティング』同様、私が大学時代に流行った映画だ。
どんな映画だったろう?実は、友人と一緒に酒を飲みながら、薄暗い私のアパートの部屋をさらに暗くして観ていたような。内容はあまり覚えていない。ただ、あまり明るくなかったことはよく覚えている。
この映画のタイトル、なかなか意味深だ。"Reality Bites"なのだ。つまり、現実が噛み付いてくる→厳しい現実という意味である。
なるほど、Reality Bitesか。オトナになるということは、この厳しい現実と直面することかもしれない。厳しい現実とは、これまでも接していたとは思う。ただし、ニュースや書籍で得た情報として。
私が「厳しい現実を見た」と実感したのは、最初の海外旅行でスラム街をクルマで通過した瞬間であり、シアトルのジャズバーで一緒になった同世代の東洋人をすっかり日本人だと思っていて飲んでいたら「ボクは在日韓国人だ。この国が大好きで、この国を変えたいと思っても、ボクには選挙権が無いんだ」と言われた瞬間かな。そして、社会人になって、新聞で報じられる日本経済の実態を営業の現場で体感したことかな。
この厳しい現実と向きあう勇気かな、オトナになるということは。もちろん、教科書的ではあるけど、自分のことに責任を持つということかな。
現実を見る勇気、一人で立つ勇気、主張する勇気、誇りと責任を大切にしよう。
そうそう、選挙に行くように。まぁ、今の政治は茶番だらけだし、1票の格差に象徴される選挙制度も問題がいっぱいだけど、主張する権利を忘れないように。ますます、オトナたちにナメられるのだ。社会に参加するのだ。
一方、やんちゃな気持ちを忘れないで欲しいんだよね。私が大学時代にアルバイトしていた運送会社のドライバーは、はっきり言って元ヤンキー率75%くらいだった。20代の社員と休憩時間によく話題になったのは「あの頃みたいに熱くなれない」ということだった。
「あの頃」か。
私はたまに、高校時代を過ごした札幌の狸小路や、大学時代を過ごした国立や立川の街を歩くことにしている。
不思議なもので、街は私に問いかける。そして、その頃の陽平青年の影が浮かんだりもする。
「あの頃」のように熱く、楽しく過ごせているのか?と問いかけるかのようである。
ラッキーなことに?私は「あの頃」の想いや衝動を忘れていないかも。気づけば、オトナげないオトナになっている。
いや、でも、まだまだだな。私が会ってきた、「サラリーマンなんだけど、とんでもなく面白いオトナたち」にまだまだ私はなれていない。
面白いオトナになる。
面白いオトナを増やす。
そのために、私は今日も水平線を目指すのだ。
新成人、おめでとう。
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