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成人式である。毎年、この日を楽しみにしている。著名人はSNSに意識の高いメッセージを投稿する。新聞は、「この苦しい環境を乗り越えて頑張ってほしい」「挑戦を」など、新成人が読んでいるかどうかわからないのにも関わらず老害芸を繰り返す。あぁ、香ばしい。

今年は、読売、朝日、産経が成人式社説を書いている。







読売、産経は老害芸そのものだ。読売は誰に読んでもらうものなのかが不明確で、論理も飛躍している。産経新聞は古き良き日本、および若者像の押し付けだ。その点、朝日新聞はバランスがとれている。

ただ、どの新聞も理想の新成人像が意識高すぎで、普通の若者によりそっていないとも言える。日本が苦しい環境おかれているのも、若者が挑戦したいと思えないのも、誰のせいなのだろう。若者のせいにしてはいけない。

・・・新成人が読んでいるかどうかわからない新聞で、若者にメッセージなんて、茶番だなと思っていたら、これら全国紙よりも圧倒的に若者の読者が少ない日刊工業新聞にて、新成人向けにオススメの本を紹介するインタビューが載る俺氏。ロックだ。

それはそうと、麻生太郎がまた炎上していた。



記事によると1月12日に福岡県直方市での成人式来賓でこう語ったそうだ。

万引きでパクられたら名前が出る。少年院じゃ済まねえぞ。間違いなく。姓名がきちっと出て「20歳」と書かれる。それだけはぜひ頭に入れて、自分の行動にそれだけ責任が伴うということを、嫌でも世間から知らしめられることになる。それが二十歳だ。



ちょうど1月11日には毎日新聞に政治家のジェンダー差別発言で、麻生太郎が連覇したという記事も掲載されていた。この記事だ。

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昨日、娘と一緒に新幹線に乗ったときにも、電光掲示板にデカデカと掲示されていた。

「パクられたら名前が出る」という、いかにも若者言葉を真似して、寄り添っている風なのが痛い。しかし、見出しとなりネットでも拡散したこの発言よりも、「自分の行動にそれだけ責任が伴うということを、嫌でも世間から知らしめられることになる」という発言の方が重い。政権も、自分の管轄する官庁も不祥事だらけで、自身も問題発言を繰り返す中、お前がそれを言うか、と。「おまいう」案件である。

この手の「麻生話法」を彼の個性だと捉える人もいることだろう。「愛すべきバカ」と言う人もいるかもしれない。ただ、親バカとバカ親が違うように、「愛すべきバカ」と「バカを愛する」は明確に異なる。甘やかしてはいけない。

誰も、生まれてくる時代、年を選ぶことはできない。新成人たちは、こんな「大人」たちが跋扈する国に、時代に生まれてしまった。大変に不幸だ。

成人式のこの日、このように無責任な大人と、大人像が跋扈する。この茶番に一番、敏感なのは新成人ではないか。私たちはリアルな世界を生きている。現実を見ていない、あるいは浮世離れしている麻生太郎や、大新聞の論説委員・編集委員のつく嘘に、彼ら彼女たちは敏感なのである。その前に、その声は届いていないのだけれども。

この手の成人式の意識高い発言について問題提起しつつ、すっかり私自身が意識高い発言をしているのだが・・・。成人式のこの日、私は新成人にこう言いたい。

「大人になんてなるな」
と。

だいたい、この国には「大人」が少ないと私は思っている。国や企業を私物化する政治家や経営者は大人か?公文書を書き換える官僚は大人か?「反社会勢力」や「セクシー」の意味を閣議決定する閣僚は大人か?社内外の関係者の顔色を伺いつつベストではなくベターな選択をする会社員は大人か?

大人という言葉は、今やこの国において、プラスの意味ではなく、マイナスの意味をもっていないか。そんな大人になることは嬉しいことなのだろうか、楽しいことなのだろうか、素晴らしいことなのだろうか。

理不尽な「YES」を強要される社会を受け入れる大人よりも、理不尽なことに「NO」と問題提起できる子供の方が好きだ。むしろ、いまや、「子供」の方が「大人」ではないか。

自分の成人式には行かなかったので、それがどういうものかわからないが、この日は「ダメな大人に騙されないことを決意する日」であってほしいと思う。今の日本においては。

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私はラッキーなことに、「子供」のまま45歳になれた。お前は顔だけだ、時流にのっただけだと言われるが、顔と時流にのる力を持っている人もなかなかいないのは事実で。たまに、生きづらさを感じるが、中空飛行で、ストレスフリーで生きている。

いまだに、何者にもなれず、たまに自分の中途半端さが嫌になる。原稿も書けない。日々、育児で時間がすぎていく。でも、なんとか生きている。

若さは尊い。私はお金を持っている。ずっと輸入車に乗っている。常に高い服を着て、美味しいものを持っている。妻も娘も、母も美人だ。

しかし、私が新成人に逆立ちしても勝てないのは、若さだ。若いということは、可能性があるということだ。その若さを弄んだり、若さに弄ばれたりしないように。

95yohei

20歳くらいの頃の写真をはっておく。生きづらい時期もあったけれど、ダメな大人を目指さなければ人生は楽しい。楽しむことをサボらないように。

改めて

大人になんてなるな。