『罪と罰』を読まない
岸本 佐知子
文藝春秋
2015-12-12


それにしても、センテンススプリングである。ベッキー×ゲス川谷(かわやって読むんだね)など、芸能ネタではない。なんというか、ここ数年、文春の商品開発というか、マーケティングというか、本や雑誌を企画して売り切る力、売れる仕組みづくりがすごいことになっていると思う。「そうきたか」というものを作り上げ、話題にして、いっぱい刷って売り切る、という。

この本もそうだ。話題になっていたので、趣味の読書の一環としてついカーっとなって買ったのだけど、後悔はしていない。うん、楽しめた(いや、期待値が高すぎたので、率直に期待ほどではなかったのだが)。名作と言われる『罪と罰』を読んでいない作家、編集者によって、「こんな話なのではないか?」と想像する読書会。なんとなく知っている話を共有しつつ、中の数ページを読みつつ、最後にはみんなが実際に作品を読む、という。そして、同作品がなぜ名作と言われているかを確認する、という。

Amazonのレビューなどには「なんで、著名な作家がこの本を読んでいないんだ」みたいな批判があるわけだけど、いやいや、私はもっとみんな、「知らない」ということを「正直」に話すべきだと思うのだよね。そこから新しい学びが始まるのだ。むしろ何でもかんでも、すぐに答を出さないといけない、わかっている風を装わないといけない社会の方が怖いと思う。

時間というものは残酷で、収入や資産の額に関わらず、1日24時間、1年365日しかない(もちろん、お金のある人は人に仕事を依頼することで自分の時間を確保しようとするし、能力のある人はその時間のやりくりをひたすら考える)。世の中には膨大なコンテンツが溢れている。すべてを消化しきれるわけではない。

アラフォー男子の憂鬱 (日経プレミアシリーズ)
常見 陽平
日本経済新聞出版社
2013-12-10


この本をみんなで作った時も、座談会のパートで「アラフォー世代はみんな◯◯という曲で盛り上がるというけど、どうせサビしか知らないよね」とか「BOOWYや尾崎が好きだった人って、クラスに5人くらいしかいなかったよね。その後、誰かがカラオケで歌うから覚えたよね」みたいな話で盛り上がった。そう、みんな、知らないのだ。

もっとも、この「実は名作を読んでいない」とか「昔、読んだけど忘れてしまった(これ、重要。実はコンテンツの適齢期を無視した出会い方をしているのかも 読ませる側の論理だったり)」みたいな身も蓋もない話が、読んでいて面白い話になっているのは、人選だったり、個々人の知識・教養だったり、創り手のプロデュース力だなと思ったり。読ませるコンテンツになっている。『罪と罰』の紹介の仕方も絶妙だ。なんというか、カフェに著名人たちが集まっているところを目撃し、レベルの高い会話を盗み聞きしているかのようなつくりだ。会話の質って大事。

まあ、それでも「『罪と罰』を読んでいないなんて、キー。ゲスの極みだ」と怒り出す人もいそうだけど、楽しく読めた一冊だった。

みんな、もっと知らないことに正直にいこうぜ。

42

清原やEXILEみたいなボディ目指して、昨日は絶大なる経済力でステーキ食べちゃったぞ。

58

運動もしちゃったぞ。

さあ、今日も本を読みますかね。