45

『僕は新人営業マン』常見陽平

「ねえ、あと500万、なんとかならないの?」

「や、やってみます!」

内心、無理だと思いつつ、僕はそうこたえざるを得ない。そういうキャラじゃないのに、僕は叫ぶ。無理しているな、と思う。

別に、借金とりとのやりとりではない。僕の上司、課長の早坂貴子さんとのやりとりだ。僕は求人広告の営業担当をしている。求人広告、人材紹介、人材派遣など、人材に関することを幅広くやっている企業に勤めている。いわゆる人材ビジネス企業だ。従業員は約2000名。それなりに大きな規模の会社だ。一応、上場している。

「あなた、いい大学を出ているんでしょ?専攻はマーケティングだったんだって?なんで売れないの?」

彼女の声がフロアにこだまする。課の先輩たちにも緊張感が走る。

「が、頑張ります」
そうとしか言えない。

「だったら、飛び込みでもなんでもやってきなさいよ。ほら、外を見てみな」
「は、はい」
「何が見えるの?」
「ビ、ビルがあります」
「明かりがついているわよね?」
「は、はい」
「アポとりの電話をかけるか、飛び込みをするか、どっちかにしな!」
そう言って、彼女は僕の椅子を後ろから蹴飛ばした。慌てて、僕は受話器を握る。

「これって、ブラック企業じゃないか・・・」
心の中で、そうつぶやきながら僕はアタックリストに電話をかける。

「人の人生に関わる仕事をしたい」
それが、就活の軸だった。いま考えると、面白いくらい漠然としたものだった。でも、僕にとっては、正しいと思ったことだったんだ。

僕は、大学時代、バンドをやっていた。大学のサークルで知り合った仲間で結成した。ギタリストとして参加した。僕はともかく、他の仲間たちは完全プロ志向で、実力派だった。ライブハウスの動員記録を塗り替えた。僕達の音楽で、歌い、踊る人がいて、感激した。

ある日、バンドのサイトにメールが届いた。女性のファンからだった。もう死のうと、自殺を決意していた。でも、僕達の曲を聞いて、思いとどまったのだという。そのとき、人の人生に関わった原体験だ。

なんせ、他のメンバーがすごかった。自分はラッキーだと思う。こういうことはバンドでは、よくあることだ。歴史に名を残すバンドでも、メンバー全員が上手いわけでも、作詞や作曲の才能があるわけでもない。他の仲間達について行くために、死に物狂いで練習した。少しでもバンドに貢献できるように、ライブがある時のチケットは他の誰よりも売った。バンドのサイトも僕が作ったし、Twitter、Facebookの「中の人」もやった。

ただ、ある日、僕は決断した。社会人になるって。

下北沢のライブハウスでワンマンライブをやっている時のことだった。スカウトがやってきた。メジャーデビューの話だ。他の3人は狂喜乱舞した。でも、僕はちっとも嬉しくなかった。自分に実力がないことをよくわかっているからである。バンドにとっても、最も記念すべき日になるはずなのにも関わらず、僕は嬉しくなかった。次の週には、ミーティングで脱退することを伝えた。他のメンバーも、なんとなくわかっていたようだった。

僕は次の日に、美容室に行って、すぐに髪を切った。脱退ライブはやらなかった。バンドのサイトや、ソーシャルメディアのアカウントに脱退の件を書き込むのが、僕の最後の仕事だった。

そして僕は、就活を始めた。普通の社会人になろうと思った。努力して、ギターは上手くなったし、バンドの動員も増やしたし、なんせメジャーデビューも決まった。でも、その「成功」の過程で気づいたのは、僕はロックバンドにはむいていないということだった。みんなが盛り上がる場をつくる、みんなで力をあわせるのは好きだけど。これは、自分が一生続けることだろうかと思った。対バンした先輩バンドたちの私生活を聞いて「痛い」と思ったこともキッカケだった。

だから、僕は今までメジャーデビューが決まったバンドにいたのかが嘘だと思うくらいに、普通にリクルートスーツを着て、就活をした。








・・・力尽きた。

エイプリルフールでっせ。この件、数ヶ月前から計画していて、頭の中にはストーリーがあるのだが。この辺にしておこう。100くらい「いいね」があったら、続きを書こうと思うが・・・。当初、最初の盛り上がりまで達して、「つづく」にしたかったのだが。

というわけで、今日から新しい期が始まる。

毎年、知っている学生たちから「社会人になりました」なんていう連絡がきて「頑張れよ」なんてことを意識高く言うのだが、なんせ今年は私が社会復帰するわけで。なので、新社会人がんばれよなんて言う余裕もなかった。

母からの温かいメールに感激しつつ。

今日から新しい自分を始めよう。

そして、4月からは、もうひとつ、新しい仕事が始まる。ソーシャルメディアリスク研究所の客員研究員に就任した。大学生活、就活、採用活動とソーシャルメディアリスクの研究をする。イベントなどもやる予定。期待してほしい。

さあ、今日も楽しくいきますかね!