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「皆さんはなぜ、就職率にこだわるのですか?いつまで就職率を追いかけるのですか?自分の答を考えてください」
青山学院大学を会場に行われた、大学職業指導研究会第一分科会の研究会にて「就活時期の繰り下げ」をテーマに講演した。会場に集まった100人弱の大学職員(主に関東の大学のキャリアセンター・就職課職員)に対して、最後にこう問いかけた。

会場の皆さんの表情は様々だった。目を輝かせた人もいれば、困惑している人もいる。

大学が就職率を「追わざるを得ない」状況だというのは、私自身、よく分かっている。対文科省、対親、対学生、世間の評判・・・。そして「大学は勉強するところだ」「就職予備校化するな」というごもっともなご意見を言う一方で進路指導を放棄する先生・・・。高い学費を払って、結局、就職できないということに対して批判も集まるだろう。

教育と人材育成は違うし、「大学で学んだことは、いつかきっと役に立つ」という一見すると牧歌的にも聞こえる主張を実は私は支持する派だし、教養や無駄な時間が大事だという意見も実は賛成派だ。

とはいえ、短期的には就職率なる指標も追わざるを得ないのが現実の大学だ。

ただ、いったん常識と感情を手放してみたのだ。

大学教職員(特に職員で、しかも一般企業の経験のない方)にありがちなのだが・・・。大変に真面目な方々なのだが、自分の業務は何なのか、問い直さない人たちがいる。こういうタイプの人には戦略論、たとえばマイケル・ポーターの話なんていくらしても無駄だ。戦略よりも戦術。そして、戦闘をやりきらない。実務を淡々とまわすのは得意だけれど、戦略を考えるのが苦手なのだ。これが大学職員だ。

いや、もっと言うと、日本人というのは戦略よりも戦術が好きな人たちなのである。抜本的改革をとか、イノベーションを、なんてことを言う会議で、「前例はあるのか」という意見がでる。これが日本人である。

とはいえ、ぶっちゃけ話レベルも含めて、なぜ大学は就職率を追うのかということを、大学職員は説明できた方がいいと思うのだ。

就職率自体、私は指標の一つでしかないし、ツッコミどころは満載だ。この指標自体が茶番だ。就職決定者を就職希望者で割ったものなので、途中で就職を諦める人たちがいるので、自然にそれなりに高くなっていく。どんな顔ぶれの企業に決まったのか、どれくらい適切な手間で決まったのか(手間が掛かり過ぎるのもよくないし、まったく手間がないのもよくない)、その後どれだけ定着したのか(ここも、早期離職が多いのを良いとは言わないし、一方でいやいや続けている人が多いのもよくない)など、多様な視点でみなければいけない。

もちろん、冷たい数字は人を熱くする。わかりやすい指標ではある。

だからこそ、問い直したかったのだ。

大学職業指導研究会第一分科会は勉強熱心な方だらけで、私は毎回、ここで講演する前はかなり緊張する。何を話しても、釈迦に説法なのではないかと思ってしまうからだ。だから、かなり準備して臨んだ。一方で、最初から、問題提起する気満々だった。最初から、聞いていて気持ちのよい講演にするつもりはなかったのだ、実は。「もちろん、この問題はご存知ですよね?」というトーンで話した。完全に上から目線だったのだが。

資料は気合いいれて作ったが、説明を伴わないと誤解もあると思うので、あえて公開しない(もちろん、ひとり歩きしても誤解しない資料が理想なのもよく分かるのだけど、そこは性質の違いがあるのだと思う)。

いま、修士論文の書き直し本を書いているので、今日の講演の内容はそちらにも反映しよう。

というわけで、何が言いたいかというと、当たり前だと思っていることを、常識を一旦手放して問い直すこと、これを日常的にとは言わないが、たまに行うことは大事だと思った次第だ。

さて、今日も真剣勝負。毎日が修羅場・土壇場・正念場(SDS)。頑張る。