nakagawatsunemi

赤木智弘さんの
画一的なリクルートスーツをくだらなく思っているのは誰か
http://blogos.com/outline/98311/
というエントリーを読んで考えた。赤木さんの仰る通り、騒いでいるのは誰なんだろうと考えてしまった。リクルートスーツは、意外によく出来ていて、学生を救っているのではないかと思ったわけだ。リクルートスーツに関して、徒然なるままに考えることにしよう。毎年、盛り上がるテーマなので、一部は自分が書いた過去記事をもとに論じる。

自分の就活中の写真が出てきた。厳密に言うならば、自分が就活中の時に卒業アルバムの写真撮影会があったので、プロレス研究会の仲間と撮った写真だ。のちに『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)で大ブレークするウェブ編集者、中川淳一郎も一緒に写っている。二人とも若い。肌が綺麗だ。

ふと思い出した。私はご覧の通り、リクルートスーツは着ていても、ワイシャツは青だし、ネクタイも教授からプレゼントでもらったBrooks Brothersの派手目のものである。就活マニュアル本の基準から言うと「避けた方が良い」と言われる類の服装である。ただ、この日は良い方で、他の日は外資系企業に進んだゼミの先輩からお下がりでもらったグレーのストライプのスーツ、教授からもらったグレーのパンツにもともと持っていたブレザーを合わせて企業をまわっていたのだった。

実際、これでも社会人になれた。最終的に内定が出たのはリクルートだけだったが、日系も外資系も良いところまで進んでいた。

でも、「こんな格好でも内定が出たぞ」「僕の真似をしなさい」と言われたところで、すべての学生は良い気分になるだろうか。

赤木智弘さんのエントリーによると、茂木健一郎さんや、鴻上尚史さんがリクルートスーツを批判していたとのことなのだが・・・。仮にリクルートスーツ以外で来られたらどう思うだろうか?

そして、いざ、学生に「個性を大事にしなさい」「私服で、自分らしい格好で行きなさい」と言われて学生はどう感じるだろうか?思うにここで学生を襲うのは、個性だとか、多様性だとかという言葉による暴力である(全部の学生を襲うわけではない)。

別に企業の側から「リクルートスーツで来い」と言っているわけではない。そのリクルートスーツにしたって、多様である。

例えば日本経済新聞電子版の人気連載を単行本化した『突撃取材!こちら就活探偵団』(日本経済新聞社編 日本経済新聞出版社)では、各業界の採用担当者とリクルートスーツを製造・販売しているアパレル企業への取材を通じて、色や柄などがどのくらいまで許されるのかを検証している。かたいイメージがある金融機関が黒や紺でなければならないというのはウソで、りそな銀行では茶色まで、第一生命は茶色だけでなくストライプ柄の黒や、明るい紺までは大丈夫だという証言が載っている。東京都の職員も茶色まで、北陸電力はストライプ柄の明るい紺まで大丈夫だった。もっとも、これは人事からの証言であり、実際はどう運用されているのか、本当にその格好であなたに内定が出るのかは別問題だが。

ただ、「個性を大事にしろ」と言われても、多くの学生は戸惑うわけで。「ご自由な格好でお越しください」と言われたところで、学生は戸惑う。もし、この手の表記を企業の募集要項で見かけたとしたならば、その企業の2ちゃんねるの就職板や、みんなの就職活動日記の該当する企業のページを覗いてみて頂きたい。この言葉を真に受けていいのか、実際、過去の会社説明会や選考では、どんな格好の人が多かったのかという点について激しく情報交換が行われる。エンタメ系の企業などでは「あそこは私服じゃないと落とされる」という都市伝説、噂があり、普段はリクルートスーツで企業をまわっている若者がわざわざそのために着替えるという実態もある。実際、エンタメ系企業で人事をしていた際は「自由な格好でお越しください」と何度も学生に案内したのにも関わらず、自由な社風だと認識されていたのにも関わらず、7割はリクルートスーツだった。

さて、そのリクルートスーツだが、実は学生を救っているのではないかとも思うわけだ。

詳しくはこのエントリーを読んで頂きたいのだが・・・
リクルートスーツ「売り上げの8割が黒」の理由を専門家検証│NEWSポストセブン
http://www.news-postseven.com/archives/20130929_214084.html

ポイントは
・(リクルートスーツは金銭的負担になるが)最近のリクルートスーツは大変にコスパが高い。
・リクルートスーツは、機能面で大変に進化している。
・(没個性という批判があるが)実はリクルートスーツの種類は豊富。
・(特に黒なのは没個性という批判があるが)黒を選んだのは市場。
・(少なくとも大手紳士服チェーンでは)学生が合わないスーツを買って親に叱られないよう、接客を強化している。
ということだ。

なお、赤木さんも言及しているが、ネット上でリクルートスーツ批判のネタになったのは、2010年9月16日付の日本経済新聞夕刊に掲載されたこの記事だ(有料版会員でなければ読めないかもしれない)。
(経済今昔物語)仕事の風景(1) :日本経済新聞
http://s.nikkei.com/10SI1A1

要するに日本航空の入社式を1986年と2010年で比較したら、後者がリクルートスーツだらけだったという記事と写真が掲載されたのである。ちなみに、このエントリーは何度かにわたって拡散している。

批判する人の論拠はこうだ。現在の全員、黒のスーツに白のシャツという光景に対して、1986年の入社式は服装もそれぞれで意外に個性的というものだった。いつの間にか、リクルートスーツ一色になってしまったのだという批判である。この記事が拡散した頃、Twitter上ではやはり画一化した日本の就活はおかしくないかという論が出ていた。

リンク先を可能なら見て欲しいのだが、掲載されている写真をみると、1986年はたしかにバーバリーチェックのワンピースで参加している女性などがいるし、男性のスーツは色も形状も多様だ。とはいえ、今でいうリクルートスーツ風の男女も多数いる。いや、写真をよく見ると男性はほぼ今と変わらないリクルートスーツ風の人がほとんどだ。女性もたしかに、スーツの色や模様は多様だが、とはいえ、ほぼファーマルだ。やや明るめのスーツ、バーバリーチェックもいるが、写真をよく見ると紺や黒の人も多数だ。写真の前の方に写っている人が、そのような雰囲気の人たちなので、昔は自由だったという印象を受けたのだろう。そもそも1986年は男女雇用機会均等法が施行された年であり、女性がたくさん職場にやってきたというニュースを伝えるために、様々な格好をした女性が一番前に写っている写真を撮ったのではないかとさえ思ってしまう。

また、日本航空という企業で比較すると議論がおかしくなるのではないかと思ってしまう。というのも、同社は2010年当時、経営再建中であり、メディアの注目も集めているので、華美な格好は自粛する機運があった可能性がある。

就活の面接は、別にカタそうな企業でも私服で受けて内定をとる人はいる。ただ、それを一般化し、普通の学生に「個性を活かせ」というのもエゴである。

リクルートスーツ廃止論者は、ぜひ、ふらりと近所の大学を覗いて、学生の私服の実態を見てもらいたい。彼ら彼女たちは、そのままの格好で就職活動をしたいと思うだろうか。普段の私服のままで「採りたい」と思える学生というのは、よっぽどできる人たちであって、むしろリクルートスーツがあることで救われている層もいることを認識したい。



この本でまとめたが、日本の就活においては理不尽だと思われる部分がたくさんあるわけだが、続いていることにはそれなりに合理性があるのである。

私自身は、リクルートスーツが好きか嫌いかでいうと、苦手であったが、とはいえ、それなりに便利なものであったし、着た瞬間、よくも悪くも「俺も大人になるんだ」と思ったものだ。

リクルートスーツを気持ち悪いと大人たちが騒ぐこともまた、若者への個性の押し付けではないだろうか。リクルートスーツは大人が強要しているものではなく、学生が選んでいるのではないか。ムカつくことにはたいてい合理性があるのだ。