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大地震だった。やっぱりこんなことってあるんだ。

この日、私は某新聞社の編集委員と、実践女子大学で一緒にキャリア教育科目を担当している金田先生と都内のホテルのカフェで打ち合わせをしていた。

打ち合わせが終盤に近づいたときに、大きな揺れがあった。いつもより明らかに大きい揺れだった。きっと途中で止まるさと思っていた。しかし、なかなか止まらない。眼の前にあるビルは明らかにガラス窓が揺れている。

「逃げましょう」

急いで荷物を片付ける。席を立ったところで、いったん揺れがおさまった。地下鉄の駅から人がいっぱい出てきた。

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近くにあるビルの上にはクレーンがあるが、これがかなり揺れていて落ちてくるんじゃないかという感じだった。

打ち合わせを終え、移動しようとしたが、交通機関は麻痺している様子だ。地下鉄は止まった。タクシーは動かない。電話も通じなくなった。

16時からお邪魔する予定のクライアントにはノートPCから連絡をする。アポはリスケになった。家族や会社にもメールを入れる。妻は無事だった。会社ではダンボールが棚から落ちたそうだが、全員無事らしい。いったんは安心する。

テレビで被害の状況を知る。東北の地震なのか。お台場では火事が起きているが、なんせ東北の被害がすごい。仙台は私が生まれた町だ。本当、生まれたらすぐに移ったのだが。東北在住の友人はいる。みんな、大丈夫だろうか?

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カフェで金田先生と少し待機するが、きっとバスは動いているのではないかと思い、新橋まで歩く。

すでに警官は多数、出ていた。

このように、ビルによっては窓ガラスが割れて、地面に散乱していた。

みんな、道を歩いてどこかに向かっていた。新橋駅に到着。すでにすごい人。業平橋駅行きのバスに乗ろうと思うが、もともと夜しかやっていないバスなんだな。PCで妻と連絡をとる。結局、徒歩で新橋まできてもらうことに。

今のうちに食事をしようとお店に入るが、結構、閉店している。行きつけの蕎麦屋は地震で食材がダメになったそうで、今日は閉店だそうだ。松屋やマクドナルドもやっていなかった。

銀だこで一杯飲み、軽くたこ焼きを食べ、ヤマダ電機デジタル館で待つ。テレビコーナーを中心に人が集結していた。まるで避難所だ。

1時間くらい待ち、妻と合流。感動した。お互い、1人だとたぶん、携帯がつながるまでずっと連絡がとれなかったことだろう。

行きつけのダイニングキッチンみやわきで腹ごしらえ。少しだけほっとする。ちなみに、この店は焼酎の瓶が何本か落下しただけですんだとか。テレビを観る。改めて、被害状況に唖然とする。

都営線がもうすぐ動き始めるという情報があったので、新橋駅へ。都営線はまだ動いていないが、銀座線はまもなく復旧とのこと。すぐに乗れた。しかも、通勤の電車より楽なくらいだった。

浅草に到着。

少しほっとするが、タクシーはこない。バスは長蛇の列だった。30分くらい待ったが、歩いて帰ることに。約4駅分歩く。歩いている人がいっぱい。そして、コンビニの前を通りがかるとトイレは長蛇の列で、お弁当はほぼ売り切れだった。

道は渋滞していた。本当、全然進まない。バスに乗らなくてよかったかも。

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無事に帰宅。

ふー。

EVは止まっていた。

我が家の被害だが、本棚から物が落ちていたりした程度ですんだ。不幸中の幸いだ。ホームエレクターの棚が大きく動いていたのにはびっくりしたが、これは私がうっかりストッパーをかけていなかったからだ。

東京出張中の母親とは連絡がとれない。実家にもホテルにもいなかった。こういう時に、たとえつながりにくくても、携帯はあった方がいいんじゃないかなと思う(そう、母は携帯を持っていないのだ)。のちに無事にホテル到着とのことを弟から聞いた。弟は会社に泊まったそうだ。大変だったな。でも、そんな人は昨晩、たくさんいたんだろうな。

ビールを飲んで、お風呂に入り、眠った。

これが私の3月11日。

私はちょっと帰るのに時間がかかっただけですんだが、被災地のみなさんや、都心で帰れなくなったみなさんは大変だったことだろう。お見舞い申し上げます。

やっぱり、いつかこういうことってあるんだな。
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